[文] かんき出版

慢性化した「肩こり」や「腰痛」。マッサージや整体、家庭でのケアなどを行っているのになかなか改善しないという人も多いでしょう。実は、こりや痛みといった分野は、科学の進歩によってひと昔前とは概念が大きく変わってきているのだそう。つまり、これまでのケアでは効果が出ないことも多いのです。そんな最新の科学によって解明されつつある「こり」と「痛み」の原因とその解消法をまとめたのが『肩・首・腰・頭 デスクワーカーの痛み全部とれる 医師が教える最強メソッド』です。著者であり現役の医師である遠藤健司先生にお話をお伺いしました。

――私もまさに、長年、腰痛に悩まされているデスクワーカーなのですが、本書は、私のように肩こりや腰痛で悩んでいる人のための一冊です。どのようなきっかけからこの本が生まれたのでしょうか?

病院に勤めていますと、体や首、腰が痛いと言って来院される方が多いのですが、「痛み」には、病気からくる痛みと、病気ではなくて筋肉の使い過ぎや姿勢などの原因により日常生活の中で起こる痛みがあります。病院では、疾患からくる痛みはフォローできるのですが、病気が原因でない痛みに関しては十分伝えきれないので、そういった疾患以外の痛みに対してその状態と解決方法と知ってもらえればと思い、本書を作成しました。

――本書では「デスクワーク」がなぜ肩こり・腰痛につながるのかというメカニズムもわかりやすく解説されていますね。

「デスクワーク」というと、椅子に座っていて肉体労働よりも比較的ラクで恵まれている仕事だ、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、人間や動物にとって、動かないで作業をするということは一番の重労働なんですね。
人は、15~30分動かずにいると、動かない筋肉がだんだん固くこわばってきて、血管を圧迫しはじめ、血行が悪くなると同時に、血液が押し流してくれるはずだった「疲れ物質」がどんどん溜まっていき、疲労感や「こり」や「痛み」を引き起こすのです。
この「デスクワーク」という重労働に対して、どのようなアプローチで体をケアしていけばいいか、ということをこの本で伝えています。

――肩こりや腰痛などのこりや痛みは、精神にも悪影響を及ぼすとも書かれています。

はい、肩や腰のこりや痛みは、体がだるいだけではなくて、やる気がでなかったり、疲れやすくなったり、ひどいと自律神経失調症やうつ病になってしまったりと、精神的な不調にもつながっていきます。
17世紀に活躍したフランスの哲学者・デカルトが提唱した、「心と体は別のものだ」という「心身二元論」が今の時代に大きな影響を及ぼしているのですが、体が不調なときには病院に行き、心がつらいときには心療内科などに行きますよね。でも実際は、体の不調が心、いわゆる自律神経のほうに影響することが多いわけで、体と心は独立しているわけではなくつながっているんです。本書によって、体だけではなく、精神的な部分の充実につなげいただければいいなと思います。

――本書のメソッドでは「ファッシア」という体の組織がキーになっていますが、この「ファッシア」は初めて聞きました。

「ファッシア」は、筋肉のまわりにある“ゆるい”組織です。皮膚と筋肉、筋肉と筋肉、筋肉と腱の隙間は、このファッシアで満たされていて、この「ゆるゆる」な組織があることで、筋肉は自由に動くことができるのです。

肩こりや腰痛の状態は、筋肉と共にこのファッシアという組織が固くなっている、つまりむくんだ状態で、このファッシアのむくみを取り除くことが、肩こり腰痛の改善につながります。本書では、その原理を簡単に説明し、対策を示しています。

――「筋膜」とは少し違うのでしょうか?

厳密にいうと少し違いますね。たとえば、みかんの薄皮が筋膜で、その周りについている白い筋がファッシアと考えるとわかりやすいかもしれません。この白い筋の部分がゆるければみかんの皮が剥きやすいけれど、古くなって硬くなるとみかんの皮がくっついてしまったりして剥きづらいですよね。それが、ファッシアが固まってガチガチになった状態です。

――非常にわかりやすいです。この「ファッシア」のむくみを取る方法である「押し流しマッサージ」は、痛みのある筋肉を伸ばし、指で数回さするだけと非常に手軽ですね。

マッサージのように、こりや痛みのある部分を強くもんではいけません。筋肉に強い力を加えると、こりや痛みをかえって悪化させ、慢性化させてしまいます。
大切なのは、痛みのある筋肉を“張らせた”状態で、指で「押し流す」ことです。本書では、痛みのある部位によってどのような姿勢で筋肉を伸ばし、どのように押し流すかということを、細かく解説し、動画でも見られるようになっています。
そして、「押し流し」でファッシアのむくみを解消した後には、「肩甲骨はがし」「骨盤振り子」「壁付き背伸び」という3つのトータルな運動を行い、肩こり・腰痛を改善させていきます。

 

「肩甲骨はがし」は、先生が最初に提唱されたものですが、今や、広く知られるようになっていますよね。本書をつくるうえで苦労されたことはありますか?

日々、医学が進んでいるので、なるべく最先端の情報を載せたいなと思い、過去にわかっていることと新しくわかってきたことを、どのように混ぜて解説していけばいいかという点に関しては少し苦労しました。
近年、エコーなどの機械の進歩に伴って、わからなかったところ、見えなかったところがよく見えるようになってきました。特に、ファッシアや筋膜をリリースするという分野について、進歩が著しいんですね。
これまでは、「痛み」というと、「神経回路」を中心に考えられていたのですが、最近は、ファッシアのむくみによって、名前も知られていなかった神経が刺激を受けて痛みにつながることがわかってきており、概念が変わってきています。そういった情報の中から正しい事実を選んで整理し、説明するのが少し難しかったですね。

――ひと昔前とは概念が大きく変わっているんですね。

そうですね、たとえば、痛みのある部分に生理食塩水を注射すると痛みが和らぐということは知られていたのですが、以前は、それは「プラセボ効果」といって精神的な効果、つまり「思い込み」で良くなるのだと言われていました。生理食塩水に薬の効果としてはないわけですから。それが、最近では、生理食塩水によって筋肉や神経の滑走性が良くなり、痛みが取れるのだということがわかってきました。
私自身、ひどい五十肩を患い、生理食塩水の注射を肩関節まわりの筋肉に対して行ったことがきっかけで、それを応用して、自分自身でケアできる方法を模索しはじめました。それをメソッド化したのが本書になります。

――先生ご自身が肩の痛みを体験されたことがきっかけだったのですね。では、最後にオススメの本を一冊ご紹介いただけますか?

最近読んだ中では、原田マハさんの『リーチ先生』(集英社文庫)が印象深いですね。バーナード・リーチという、日本の“白樺派”の運動にも関わったイギリスの陶芸家が主人公の話で、それまで「特別なもの」だった美術・芸術をお皿やコップなどの日用品に取り入れ、生活の中で美を楽しむという概念を浸透させていきました。
私も、医学というのは特別なものではなく、日々の生活の中にいかに取り入れるかを考えることこそが医学そのものだと思うので、とても共感しました。医者や医療関係者だけでなく、誰もが毎日の生活の中で医学することが大切なんですね。

 

遠藤健司(東京医科大学整形外科准教授)

かんき出版
2020年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです