この10年、世界の中でもアジアがもっとも注目され台頭してきた時代といえる。ミャンマー医療支援に参加するきっかけは、2008年に日本脊椎脊髄病学会のアジアトラベリングフェローでタイ・ベトナムでの医療を見学し、いつかアジアの発展途上国の人達に自分たちの経験と知識を還元したいと思ったことに始まる。日本運動器疼痛学会の評議員会で同席した三重大学の脊椎外科・医用工学講座笠井裕一教授からミャンマーで医療支援をしていることを聞いて今回一緒に参加させてもらうこととなった。笠井教授は、2010年からタイ・ミャンマーでの医療支援を継続して、手術・教育を行いミャンマー大学のみならず政府からも感謝状をもらっている。この度は、2013年1月6日からの1週間、岡山大学のNPO法人日本・ミャンマー医療人育成支援協会と合同での医療支援で、首都のネビドと経済都市ヤンゴンの2か所での、形成外科、脊椎外科、口腔外科、救命救急部門の医療支援を行った。

1日目(1月6日):
NPO法人日本・ミャンマー医療人育成支援協会の岡田団長(岡山大学病理学名誉教授)、木俣理事(岡山大学形成外科教授)を中心として総勢35人バンコク経由でヤンゴンに到着する。私たち脊椎外科のメンバーは、三重大学笠井教授、岡山大学田中准教授、佐賀大学森本講師と私の4人であった。ヤンゴン空港に到着すると、ヤンゴン大学のメンバーが待っておりその中でヤンゴン大学、整形外科で脊椎を担当しているソウ教授、ジョー医師などもいた。夏のような日差しで20度は超えていた。来ていたジャンパーを脱いでも暑かったが、私は岡山大学の田中雅人准教授とともに冷房をきかせた自家用車で脊椎外科のジョー医師に連れられてヤンゴンのトレーダースホテルに到着した。田中医師は、過去にアジアトラベリングフェローとしてインド、タイに訪問しており、またAO Spineのインストラクターとしてインド、マレーシア、中国で講演やライブサージャリーを行っている実績を持つ脊椎外科医である。道中にても日頃の脊椎手術の疑問点を教えてもらい大変勉強になった。到着当日夕方から、ジョー医師にお寺など連れて行ってもらい夜は歓迎会が開催された。

2日目(1月7日):
午前、ヤンゴン大学整形外科病院へ行って患者さん診察を行う。学校の教室のようなところでご家族とともに、1人はベッドで、3人は車椅子、他は跛行を伴った独歩で1人ずつ裁判を受けるようにして前にでてきて診察を受けた。皆、笑顔はまったくなく神妙な面持ちで緊張しているのが伺えた。研修医が経過と状態を説明し、X線やCT、MRIを提示し、私たちが診察を行った。重症な患者さん5人を選択し手術日、手術方法をスタッフと相談した。午後は厚生省主催の第41回ミャンマーHealth research congressがあり岡山大の先生達がその中で最先端の医療紹介を行い参加した。夜はSea Lionという医療器具のおろしをしている会社のサポートで我々の講演と脊椎グループによる歓迎会が開催された。

3日目(1月8日):
手術漬けの1日であった。

4日目(1月9日):
重度後弯のL3PSOを行った。矯正に30°以上必要であったので椎間板を含めたレーンの方法を選択した。2000mlの出血のなか、なんとか無事に手術が終了した。もう1件あった、除圧術は同時並行して現地のスタッフによって無事終了してもらう。